1998(平成10)・8・4〜8・10
最初におまけ。霧島の「華耀亭」の格安宿泊券をいただき無駄にしたらバチがあたるとさっそく行きました。
気分はすっかりお大尽。
酔っ払った自分の顔のアップは 初めて見た。
なさけなか〜。
ちなみに 頭の上は 桜ヶ丘 蓮乗寺の六月灯で買ったウンチくん。
500円なり。娘からとりあげた。
翌朝 華耀亭ホテル玄関前でのスナップ。
長女中1。次女小5。三女小3。
ブタの下顎骨を使って ペリオの勉強会をするため その準備をする新人の大山先生。
頭から腑分けしていったので 前準備が大変でした。
グリーン歯科研修室での実習風景。
3枚前の変な親父と同一人物に見えますか?っと。
成田より出発。昨年初めてビジネス・クラスに乗って、こんなもんだったらエコノミーで充分だべ、っと思ったがNew York 便がエコノミー満席で仕方なくビジネスへ。格安でも往復45万円。たっけ〜。
確か このあと 全面禁煙となりました。
New York に到着し ホテルのロビーでちょっと一服。
ホテルは エセックス・ハウス・ニッコー。当時はJAL 直営で高級ホテルだった。
セントラル・パークに面して絶好のロケーション。ただし バブルの後遺症のご多分にもれず 今は売却されてます。
今回のリーダー、株式会社ハーマンズの松川春男社長。
昨年 初対面の時は お相撲さんかと間違えるほどの巨漢。
いささか強引なところがあるが、いっぽんビシッと筋の通った面倒見のよい男。
まったく同じ歳ながら 尊敬しております。松川社長。
ホテルまん前のセントラル・パーク。
観光客用に 馬車がいっぱい待機しております。
まあ 浅草の人力車ってところでしょうか。
騎馬警官もいました。
マンハッタン島 最南端のバッテリー・パークからフェリーで15分。
リバティ島に「自由の女神」があります。1886年完成。
右手には 松明、左手には 1776年7月4日の独立宣言書。
「自由の女神」は、アメリカの独立100周年を記念して フランスから贈られたものだそうだ。
彫刻家バルトルディ氏が彫像を制作し、像を支える骨組み制作にはパリのエッフェル塔設計者のギュスターブ・エッフェルが携わった。
フェリーのなかより撮影。
像の高さだけで 46メートル。
台座の部分は10階建てで、エレベーターで昇れるし167段の階段もある。
二階部分は 博物館。台座の最上部、女神の足元からは168段の螺旋階段を上って王冠部の展望台に行ける。
9:30-15:30 開場。(以上 昭文社 個人旅行より抜粋)
像の真下より撮影。もちろんパンチラは 無い。下品。
このまま マンハッタンに戻るのは、芸がないと よせばいいのにハドソン・リバー対岸のエリス島に渡ってしまいました。
ここはもう 河をへだてて ニュージャージー州。
タクシーでも拾ってぐるっと陸周りで帰ろうぜ、なんて軽いのりでね。
ところが ぎっちょんちょん。(古いぜ!)
客待ちのタクシーなんてどこにもありゃせんがな。
途方に暮れて リバティ・ステート・パークで記念撮影。
ヒッチ・ハイクでもするか、なんて歩いていたらマンハッタン島往復の通勤用ポンポン船を発見。ことなきを得ました。
遠くに見えるは、世界貿易センタービル。
開業していた診療所を売り払って スキル・アップの放浪の旅を続けていた郷家先生。
香港映画のちびっこギャング・スターのようでした。
が 神秘の東洋男性に見えるのか、金髪茶髪栗色ブラックにかかわらず もてることもてること。
なにしろ この夜 郷家ちゃんは 眠らせてもらえず、徹夜のまんまニューヨークを発ったのでした。それも 薩摩の守 ただのりです。(わかる?)
2001年9月の同時多発テロでなくなってしまった世界貿易センタービル。
1998年夏の時点では思いもよらなかったことです。合掌。
研修に出ると とにかく自分の足で歩きまわるのが好きなもんで。
ロウアー・マンハッタンからセントラル・パークまで戻る途中のチャイナ・タウンにて。
生首状態。

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