1997(平成9)・8・9〜8・17
まずUCLAの入り口がメディカル・キャンパス。
先に進むとだんだん坂道となり 山の中腹へと向かっていく。
正門前で記念撮影。
かなり嬉しそう。UCLA は、横井先生と一緒に探検したのでおのぼりさんスナップ写真を撮影することができた。
正門入ってすぐのメディカル・キャンパスの案内標示盤。
左手が 全米病院の総合ランキングTOP 5に必ず顔を出す UCLA Medical Center。
右手には School of Medicine, School of Dentistry, School of Public Health などの教育機関。
School of Dentistry(歯学部)側の正門。
わしは 門だの玄関だのが好きなんやな〜。
やたらいっぱい門の写真ばっかりありました。
隣接するというよりもすぐ行き来できる密接な関係にある医学部と歯学部。
これは 廊下に掲げられている1956 年の医学部卒業生。
35名おられます。
なぜ1956年かって?それは 小生の生まれた年だからです。ストレートの方で26歳年上になりますので ちょうど親父の世代でしょう。
UCLA School of Dentistry の歴史はUSCに比べると浅く、1960年創部。
母校歯学部よりちょっと古いぐらい。
が、審美やインプラントにかける情熱は 需要も多いのでしょうがハンパじゃないですよね。
歯学部 歴代の学部長の肖像画。
写真ではなく 肖像画というところが いかにもそれらしい。
今回のUSC School of Dentistry, Continuing Education コース1997を企画されたSJCD 最高顧問の山崎長郎先生。みなは 愛情を込めて、おそ松くんに出てきた「でかぱん」先生と呼ぶ。
小生の最も敬愛する先生のひとりです。
最終日のカクテル・パーティのひとこま。
タイはもちろんスクール・タイ。卒業生じゃないけど許してくりくり。
ここからは、おまけです。
アメリカから帰った翌日に見学にきてくれた後輩の大山先生たちをリクルートしに博多へ。
なにはなくとも飢えているようだったので、東急ホテルの最上階で中洲の夜景を見ながらのフレンチ。
左手より 川畑康高先生、小生、大山くん、小林くん。
そのあと 彼らが案内してくれた中洲のスナック。スタッフは 真ん中のママさんだけで、自分達で水割りを作りました。場所的にこのままソープ街に向かって行きそうな彼らをなだめ なぜか国体道路ぞいの西中洲の中華料理屋さんで三次会。
深夜に中華は、生まれて初めて。
中ふたりは、当時歯学部一年の愛光出身の佐藤くん(2002年1月の菜の花マラソンで来鹿。)と小倉高校出身の宮川くん(2002年現在 歯学部を休学して吉本興業でお笑いタレントの修行中)の若かりし頃。
コバリン先生も6年生で 精悍な顔つきしています。
左手より宮川くん(1年)、大山くん(6年)、小林くん(6年)、小生(当時41歳)、佐藤くん(1年)
偉そうに 腕組んで記念撮影。
一年生ふたりは 不発の合コン直後でグチばっかりこぼしていたが、腹いっぱいになるにつれ機嫌がどんどんよくなっていった。
学生さんは まず腹一杯にすることだと学んだ。
これが 後世に語り継がれることとなったエクセル東急拉致監禁事件の現場証拠写真。
右手下に見えるビール瓶に注目。
夕方6時頃から朝4時まで飲ませ食わせでリクルート。
半年後の大山先生入局。2年半後の小林先生の入局へとつながる貴重な一枚。
1997年秋 当時のグリーン歯科スタッフ。
顔ぶれがあんまり変わっていないのは、多分いいことなんだろう。

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